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オペラと美術の旅2005夏2 ブログトップ
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2005年夏の旅(1) 札幌~ローマ [オペラと美術の旅2005夏2]

☆友人とペーザロとザルツブルグ夏の音楽祭。その後ひとりでイタリア北東部へロマネスクの旅(14泊16日)をしました。

ローマ(2)~ペーザロ(3)~ローマ(2)~ザルツブルグ(3)~ウーディネ(1)~アクイレイア(1)~トリエステ(2)

 このときの旅の詳細はいったん記録として残し、ニフティで公開もしていましたが、手違いがあって消滅してしまいました。そのため正確な日時や時間表は分からなくなってしまいましたが、アップしていた写真は残っていましたので、それを挿入しながら思い出を綴っていきたいと思います。記憶減退の激しい昨今、無謀なる挑戦かも(笑)

8/18  千歳→成田→ローマ   Hotel Sole al Pantheon 2泊

 前年に続いて2回目のペーザロ(ロッシーニ音楽祭)への旅は友人たちはボローニャ経由、私はローマ経由で現地集合することになりました。昼頃のフライトで成田を出発し、夕方ローマ空港に到着。

 TAXIでパンテオン近くのホテルへ向かいました。このときとても不愉快なぼったくり事件がありました。パンテオンのあるロトンダ広場は車が入らないからここでと降ろされたのはホテルまで数分歩かなければならない場所(ロトンダ広場までTAXIが入れるのは後から確認)でした。このとき払ったはずの50ユーロ札をちょっとした隙に10ユーロ札にすり替えられたのです。料金は○○ユーロだからと請求され、もちろん抗議したのですが、言葉の壁もありらちがあきません。ポリスを探しましたが、そういう警戒のないような場所、ホテルの人を呼んでこられない場所に停めているのですから・・・たとえ誰かが来てくれても水掛け論になるでしょう。結局倍のお金を払って、悔し涙にくれながら、スーツケースをゴロゴロ引っ張って、ホテルに向かいました。

 Google Mapでホテルの正確な位置をつかんでいない頃でした。広場に着いてもそれらしいホテルは見えませんので、近くのカフェで尋ねますと、先ほどの件でかなり疲れ果てて見えたのでしょう。カフェのオジサンが親切にスーツケースを運んで、少し先のホテルまで連れて行ってくれました。こういうときのご厚意は本当に身に染みて有難かったです。

 ホテルはロケーションの良いクラッシクな建物4☆です。部屋は狭くて薄暗く、あまり気にいらなかったのですが、窓を開けると素晴らしい眺め。夕暮れのパンテオンが目の前です。広場は夏の宵の涼しさを求めて、多くの人で賑わっていました。

 夕食はホテル紹介の近所のレストランで、味は普通でした。ローマ入りした途端に嫌な目に遭いましたが、気持ちを切り替えて明日から夏のイタリアを愉しもうと、眠りに就きました。

↓ ホテルの部屋

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タグ:ローマ
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2005年夏の旅(2) ローマ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/19 この日は夏の真っ盛りのローマですから、道産子の私にとっては灼熱の太陽といっていいほどの強烈な日差し・・・それでもかなり歩きました。

↓ 朝ごはんはテラスで

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↓ 朝のパンテオンと広場

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 朝涼しいうちに見学すればよいのですが、朝に弱い私には無理なお話です。ゆっくり朝食をいただいたあと外出しました。まずは宿の目の前に建つパンテオンの見学をしました。ローマ3回目にして初訪問でした。

↓ パンテオン/118年建立の神殿。ハドリアヌス帝による世界最大の石造り建築。三角破風とコリント式の円柱の前室、奥にロトンダの本殿。

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1900年という年月と堂々たる完璧な建築物に圧倒されつつ内部へ。

↓ クーポラの頂上には直径9mの天窓

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↓ ラファエロの墓

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 パンテオン横のわき道を南へ。アルジェンティーナ広場に出ました。

↓ 広場にはアレア・サクラと呼ばれる遺跡が広がっています。シーザーが暗殺された場所でもありますが、現在は野良猫が住処になっています。猫たちは暑いので日陰で寝ていました。

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 ここを迂回してジェズ教会(バロック様式、フランシスコ・ザビエルの墓)の横から斜めの道を歩き、カンピド―リオの丘に建つカピトリーニ美術館へ。

丘への大階段を喘ぎつつ登りますとミケランジェロ設計による美しい広場が目の前に・・・疲れも吹き飛びました。右手の建物がコンセルヴァトーリ宮で、ここから入場します。

↓ チケット売り場の奥の中庭にコンスタンティヌス帝の巨大な大理石像が置かれています。彫像の足元の猫ちゃんと比較するとその大きさがお分かりでしょう!(絵葉書)

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↓ 二階には「カピトリーノの雌狼」という双子のローマ建国の祖が乳をのむブロンズ彫刻がありました

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↓ ローマ時代の石棺

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↓ 展示室

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 3階は絵画館になっています。ここではやはりカラヴァッジョの2点が見逃せません。

↓ カラヴァッジョ「洗礼者ヨハネ」

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もう一点は初期の作品といわれる「女占い師」。カラヴァッジョのほかはルーベンスやヴェロネーゼなどがあるようですが、ほとんど記憶にありません。

いったん地下に戻り、遺跡の通路を抜けますと市庁舎側のバルコニーに出ます。フォロ・ロマーノに続く遺跡群が眼下に広がっています。

↓ 猛暑の中、遺跡めぐりの観光客がかなり見えました。

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↓ 私は記念写真だけで・・・。

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そして地下から抜けられる新宮パラッツオ・ヌォーヴォへ行くつもりで通路を探しましたが、発見できません。オリジナルの「マルクス・アウレリウス帝の騎馬像」を観たかったのですが、断念。 ローマの長い一日はまだ半ば・・・続きます~。


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2005年夏の旅(2 続) ローマ [オペラと美術の旅2005夏2]

~続きです。

 カンピドーリオの丘から緩やかな坂道を下りテヴェレ川の方向へ。車の往来する広い道路の向こうに古代ローマの遺跡マルケウス劇場が見えてきました。川の手前の右手がユダヤ人の住むゲットー地区です。

 実はこの旅の前にBowlesさまから勧められたのが河島英昭著『イタリア・ユダヤ人の風景』でした。そのなかにローマのゲットーに住むユダヤ人の受難の記述があります。第二次大戦下のファシズムの嵐のなか無辜の民がマルケウス劇場に何千人も集められて、ここから収容所へ送られ、ホロコーストの犠牲になりました。作者はヴェネチア、トリエステ、フェッラーラにも取材しました。今回の旅の最後はトリエステ・・・。

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(この旅から7年・・・このブログを書くために再読が必要と思いましたが、本棚に見当たりません。記憶違いがあるかもしれませんので、お気付きの点がありましたらコメントお寄せくださいませ)上の写真はアマゾンの本の紹介から拝借。

 この本を読むまでイタリアの各地で起こったユダヤ人に対する極めて非人間的な行為、特にローマ郊外でのナチスによる虐殺は読んでいても血が凍る思いでした。それまでは遠い外国での出来事として、それも映画『ライフ・イズ・ビューティフル』くらいでしか想像できませんでした。この本を読んで初めてその重い事実を突きつけられ、慄然としました。今でもパレスティナ問題として、その連綿と続く民族や宗教紛争、テロとの戦いも含めて、私たちは知らなければならないことが多いのです。その想いが単なるローマのツーリストであっても、ここに向かわせたのかもしれません。

 マルケウス劇場はシーザーが建設を開始、紀元前11年にアウグストゥスが完成させた円形競技場です。内部は見学不可。観光客の姿もなく、周りは夏草が生い茂っている荒れた雰囲気でした。横を通り過ぎただけで、そのときのユダヤ人の絶望の声が聞こえるようで、悲哀感で胸がつぶれそうになりました。

↓ マルケス劇場近くのオッタヴィアの列柱付近

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 ゲットーへの入り口コーナーのカフェでひと休み。暑いのでジェラートが美味しい!お店の壁のタイルにユダヤの星の模様があり、青年がきびきび働いていました。ファラフェルサンドもとても美味しそうでした。この横の道からシナゴークまでは裏道を選びながら歩きました。大戦前は狭い区域に押し込められるように大勢のユダヤ人が住んでいたのです。

↓ 川の畔にシナゴークの大きな白い建物

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 シナゴークの内部を見学をしました。入口はテロを警戒して厳重な荷物検査がありました。入口の左壁に第二次大戦の1943年10月に起きた悲劇の記念碑が据えられていました。1943年は私の生まれた年です。日本もイタリアも悲惨な戦争のただなかにあった年であることを改めて痛感しました。

さて、内部の見学は時間制のガイドツアーになっています。前のツアーが終わるまで、小さな博物館で聖具やホロコースト関係の展示物を見学。シナゴークの内部は外観からもわかるように天井も高く広い空間です。婦人用の2階席があり、古代の神殿風な柱が並んでいます。ベンチに腰かけて、ガイドさんの説明が30分ほどあり、イタリア語と英語だったと思います。ユダヤの歴史や信仰の話は難しくて、よくわからないので自由に見学したかったのですが、それは許可されませんでした。

 正午はとうに過ぎて、おなかもペコペコでした。近くのユダヤ料理のレストランで、楽しみにしていたカルチョッフイのユダヤ風とパスタをいただきました。素揚げとはいえかなり油っぽかったです。

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 ここからテヴェレ川の中州のティベリーナ島を横断して、トラステヴィレ地区へ。ところが川の近くの公園の木陰に怪しい男が・・・なんと注射中(麻薬男!)。急いでこの場を離れましたが、ローマ恐怖症2度目発生。大きな広場からテルミネ駅へ戻るバスに乗車して、次の目的地へ。バルベリーニ広場で降り、坂道を上ってバルベリーニ美術館へ。

↓ バルベリーニ宮(国立古典絵画館)/バロック様式の代表的な建築

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↓ この美術館の目玉はラファエッロの『ラ・フォルナリーナ』(1518~1519)85×60/ラファエッロの恋人と言われるパン屋の娘をモデルに描いたという伝説の絵画。カメラ禁止のため、このとき購入した絵葉書をアップしました。

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↓ カラヴァッジョ『ナルキッソス』(1595頃)112×92

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↓ カラヴァッジョ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』(1595~96) 145×195

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カラヴァッジョはこのほかにも『瞑想の聖フランチェスコがあり、カラヴァッジョファンには悦ばしい時間を過ごせる美術館です。ほかにもホルバイン、フィリッポ・リッピなど名画多数。

バルベリーニ家の紋章でしょうか、通路の廊下や階段室にも蜂の浮彫装飾ががあちこちに見られました。他にはサロンなども公開していたようですが、ここは名画だけで満足。次の目的地を目指しました。

 もうひと頑張りと、バルベリーニ美術館前の坂を上り、4つの噴水を左折して9月20日通りを数分歩きますと、

↓ モーゼの噴水

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その左角にバロック様式のサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会が建っています。バロックの教会には興味はありませんが、この教会には以前から観たいと思っていたバロックの巨匠ベルリー二の祭壇彫刻があります。撮影はOKですが、ピンボケ・・・悪戯っぽい表情の天使と聖テレーザの観方によっては官能的にも窺える半分行っちゃった表情。でも美しく魅惑的でした。そのためここの礼拝堂は大人気です。

↓ べルリーニ『聖テレーザの法悦』1640年代後半

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 余談ですが、この後2009年にローマを舞台にしたサスペンス小説(ダン・ブラウン『天使と悪魔』)の映画化がありました。原作も読んで映画も観ました。ローマの街を駆け回る主人公の謎解きアクションは点在するベルリーニの彫刻も多数で、それなりに面白かったものの、このサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会はまったくの偽物…最後火災になるので仕方ないのですが、聖テレーサもすぐにわかる模造品なので、ややがっかりでした。本物を巧く撮影できなかったのかしら?

 さて、まだまだ真夏の太陽は沈みませんが、私は疲れ果ててしまいました。

↓ それでもサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会の古代風なファサードを見るとふらふらとなかに入り、ちょっぴり見学して

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 テルミネ駅前からバスに乗って、ホテルに戻りました。夕食はパンテオンの近くのトラットリアで、ピザを食べました。夕涼みがてらの人々でどこもかなり混んでいました。暗くなると蚊が怖いのでさっさとホテルに戻り、明日からの旅支度をして就寝。


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2005年夏の旅(3) ローマ~ペーザロ [オペラと美術の旅2005夏2]

ローマ・テルミネ駅~アンコーナ乗り換え~ペーザロ

ペーザロ/Hotel Savoy3泊

 この日から3泊の予定でペーザロへ行きました。オペラ用の洋服と靴もあり、小さなキャーリーバックにガーナメントと結構な荷物になりました。スーツケースはホテルに預け、チェックアウト。この日も朝から暑い日でしたが、夏休みの混雑を懸念して1等座席指定にしたので、特急車内は快適でした。

おまけに娘からメールが入り、昨年に続いて駒沢大付属苫小牧高校が夏の甲子園で優勝した知らせです。思わず「わ~い!」と叫んで、自分の声の大きさにきょろきょろ。赤面でした。前年もこの年も優勝旗が津軽海峡を渡った時はイタリアに居たことになりました。後日談ですが、翌年は札幌に居ましたので、惜しいところで早実に敗れ準優勝。お母さんがイタリアに行けば優勝して史上初?の3連勝になったかもなんて、言われました(汗)

 アンコーナで乗り換え、ペーザロへ。アドレア海に面したペーザロはロッシーニの故郷です。ここで夏にロッシーニ音楽祭が開かれ、世界各地からロッシーニファンが集まります。私のオペラ仲間うちではペーザロ音楽祭に集まる比率は他のザルツブルグやミュンヘン、エクサンプロヴァンスより高く、今回も札幌からの友人2人に加えて、数人の方たちと一緒になりました。2005年の演目はビアンカとファッリエーロ、新聞、セビリアの理髪師 それにマリア・バーヨのリサイタルとスタバト マテールを聴きました。

ペーザロ市内のホテルは当然この期間は混み合いますので、チケットを確保した時点で予約は遅いくらいで苦労しました。今回予約したホテルは当時はあまり人気がないところでした。そのうえ銀行から海外送金で前払いをしなければなりませんでした。今はBOOKING.COMからも簡単に予約ができるようです。駅からタクシーでホテルへ。

ホテルのロケーションも良く、内装は古いものの思っていたより部屋もバスルームも広く、使いやすく快適に過ごせました。札幌の友人たちはボローニャからすでに到着していて、観光に出ていました。私は恒例の午睡。。。夕方になり風が出て涼しくなり、オペラに出かけるころは雨が降ってきました。

8/20  『BIANCA E FALLIERO ビアンカとファリッエロ』 TEATRO ROSSINI 20:00開演

指揮:RENATO PALUNBO  演出:JEAN-LOUIS MARTINOV

Priuli:DARIO BENINI    Contareno:FRANCESCO MELI   Capellio:CARLO LEPORE   Falliero:DANIELA BARCELLONA    Bianca:MARIA BAYO

オーケストラ:SINFONICA DE GALICIA   コーラス:CAMERA DE PRAGA

 予習は2000年にロンドンで収録されたCDで聴き流し程度でしたが、あらすじも単純なので飽きることなく楽しめました。今となっては細かいことはほとんど忘れていますが、2年前にボローニャで聴いたとき以来のバーヨはやや不調、ロッシーニよりヘンデルのほうが合っています。そして残念なことにバロチェッローナも同じく高音が苦しげでした。新進テノールとして注目のメリは声は良く通るものの発声&表現に難というか癖があり、私は好きになれないタイプです。舞台は一幕のヴェネチアの広場に美しい衣装のビアンカ、凛々しいファリエッロ・・・美しい。全体にぎこちなさの残る舞台でしたが、ロッシーニらしい華やかさをペーザロで楽しめたので、それだけで嬉しい夜でした。

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 雨も上がり、帰りはホテル近くのレストランで夜食。ペーザロ初日と甲子園での北海道の高校の優勝のお祝いも兼ねて乾杯!盛り上がる道産子3人組(笑)ボッタルガのパスタが美味でした。写真は一枚もないという私にしては珍しい一日でした。


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2005年夏の旅(4) ペーザロ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/21  ペーザロ滞在

 いったいこの日は私はどこにいたのでしょうね(?笑)ペーザロ2日目と3日目はオペラとコンサートのダブルヘッダーでしたので、今回は近郊の日帰り観光はしないで、街中を散策程度だったと思います。それで記憶もあいまいなのか・・・。昨年同様、美術館へ行ったことは確かですが、翌日の可能性も・・・。

 ペーザロの市立美術館で観るべきものは

↓ G・ベッリーニの「ペーザロの祭壇画」です(絵葉書)2009年にムラーノ島の教会で観た「バルバリーゴ祭壇画」と背景の「グラダーラ城」がそっくりというBowlesさまのご指摘がありました。

ペーザロのサン・フランチェスコ教会旧蔵 (1475頃)中央パネルは262×240、 トップの「ピエタ」は現在ヴァチカン美術館に収蔵。 中央パネルは聖母戴冠、左右の小パネルに聖人たち、下のプレデッラに聖ゲオルギウスと龍などの場面。

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↓参考に「バルバリーゴの祭壇画」(1488) 背景部分

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 美術館の近くにペーザロのユダヤ人の居住区ゲットーがあります。ローマに続いてシナゴーク見学に寄ってみましたが閉まっていました。窓から古代風の柱が見えましたので、ローマのシナゴークと似ているのかしら?以前行ったことのあるプラハのシナゴークはこじんまりとした狭い空間でしたので、国によってまちまちなのかも。。。

 ランチはペーザロで一番美味しいと評判のレストランLo Scudieroで。昨年は満席に近く繁盛していましたが、この日は私たちのほかは1組だけ、がら空きでした。気のせいか味も落ちたように感じました。

↓ 近くにゴシックのタンパンのある教会があり入ってみました。

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↓ 内部は意外に広く、壁に後期ゴシック?のフレスコ画

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 さて、夜は5時からのオペラ『新聞』と10時からのコンサートのダブルヘッダーです。ホテルに戻り休憩と仮眠をとりました。夕方になると雨が降るイタリアの夏の終わりに多い気候。雷のとどろく音に目が覚め、ロングスカートの裾を気にしながら会場に向かいました。

 ロッシーニ『LA GAZZETTA 新聞』 AUDITORIUM PEDROTTI 17:00~

指揮: ANTONELLO ALLEMANDI   演出: DARIO FO

Don Pomponio :BRUNO PRATICO   Lisetta: CINZIA FORTE
Filippo: LORENZO REGAZZO    Doralice: FRANCESCA PROVVISIONATO
Anselmo: ANDREA PORTA    Alberto :JOSE MANUEL ZAPATA
Madama La Rose: MANUELA CUSTER    Mons Traversen :PAOLO BORDOGNA

コーラス: CAMERA DI PRAGA    オーケストラ:SINFONICA DE GALICIA

  2001年好評だった演目なので、大層楽しみにしていました。その時の録音を友人のご厚意で事前に聴くこともできました。2001年のシラクーザと比べると酷だとは思いましたが、乗れなかった最大の原因は若いテノールのサパータと容姿は抜群だけれどキンキン声のフォルテでした。プラティコはこういう役にぴったりで、歌唱と演技のマッチングが素晴らしい!レガッツオはやや元気がなかったような…でも好きな声です。

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 珍しいロッシーニを2夜連続で観れて満足でした。友人たちと次のコンサートまでカフェでおしゃべりしながら、夜更けの開演まで時間をつぶしました。同じようなお客さんがあちこちに。。。海沿いのリゾート地でもあるペーザロの夜は華やかでした。

コンサート「スターバト・マーテル」  palafestival  22:00~

Direttore・・・ ALBERTO ZEDDA

ELIZAVETA MARTIROSYAN, MARIANNA PIZZOLATO, FRANCESCO MELI, MIRCO PALAZZI

CORO DA CAMERA DI PRAGA Maestro del Coro Lubom r Matl
ORCHESTRA DEL TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA

 指揮のゼッタのすぐ後ろの席2列目中央でした。大好きな曲ですが、生で聴くのは初めてですからオペラに負けず劣らず楽しみでした。ゼッタの指揮のもと、ソリストたちも健闘して良い演奏でした。

 さすがに疲れましたが、眠くなると思って夕食はパスしていましたので、真夜中でもまだオープンしていたレストランでペスカトーレのパスタをいただいて(もちろん、ワインも)ホテルに帰りました。バタン、キュー(爆睡)


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2005年夏の旅(5) ペーザロ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/22  ペーザロ滞在

 この日はバーヨのリサイタルと「セビリアの理髪師」の組み合わせでした。昨日に続いてこの日の昼間の行動も記憶が薄れています。昨夜は午前様でしたので、朝寝坊してのんびり朝食をとり、午睡までは海辺の散策&遅めの昼食。テラスで食事中、突然の雷雨。お皿を抱えて室内に避難しました。夜のオペラの合間に海岸で泳いでいた人たちも大慌てでした。でも、コーヒー飲んだりおしゃべりしているうちに、雨も上がりましたのでホテルへ戻りました。休憩の後、ロビーで友人たちと待ち合わせ、まずはマリア・バーヨのリサイタルへ。

 Concerti di Belcanto [MARIA BAYO] Teatro Rossini 17:00~

Musiche di W.A.Mozart,E.Granados,O.Espla,Momtsalvatge   /Pianoforte:Fabrice Boulanger

 マリア・バーヨを初めて聴いたのは2003年春ボローニャでした。それ以来のファンなので、うきうきしながら席へ。しかし、空席も目立ち、ここではあまり人気がないようです。スペインのナヴァラ生まれのバーヨは美人ソプラノですが、この日は少し疲れているように見えました。最盛期は過ぎてしまった感は否めませんが・・・まだまだ活躍してほしいです。母国語のスペインの歌曲が良かったです。美しい声と言葉の調和に感動しました。

 そして、今回のペーザロ最後の夜はお待ちかねの「セビリアの理髪師」です。遅めのランチでしたので、眠気覚ましのコーヒーだけいただいて会場へ向かいました。

『IL BARBIERE DI SIVIGLIAセビリアの理髪師』 Palafestival 20:00~

 指揮: DANIELE GATTI   演出: LUCA RONCONI

Il Conte d’Almaviva :JUAN DIEGO FLOREZ  Bartolo: BRUNO DE SIMONE
Rosina :JOYCE DI DONATO    Figaro :DALIBOR JENIS
Basilio: NATALE DE CAROLIS    Berta: ROSSELLA BEVACQUA
Un Ufficiale:VITTORIO PRATO

コーラス:CAMERA DI PRAGA  オーケストラ:TEATRO COMUNALE DI BOLOGNA

 

 これで3回目の床屋さんだったと思いますが、スカラ&METとともにすべてアルマヴィーヴァ役はフローレスを聴いてきました。ペーザロの歌唱はその中でも進境著しい素晴らしいパフォーマンスでした。事前の噂では白塗りのバカ殿だとか、悲しいお話でしたが、そんなことはありません。ドーランが白っぽいのは演出に合わせたもので、変わらず素敵でした。ディドナートとのコンビは2か月前にスカラ座のチェネントラで聴いていました。そのときより断然今回のほうが良かったので、素晴らしいコンビと大拍手!他の歌手たちも揃ってよい出来でしたが、惜しむらくはフィガロが弱かったことです。2年前のMETでもフィガロがいまいちでしたので、胸のすくようなフィガロの早口アリアは今回も持越しとなりました。

演出は映画のロケの場面なのかしら?ビデオ、コンテナ、上下する録音室?1回見ただけではなにがなんだか分かりませんでした。椅子なども吊り下げられて、不安定な高いところで歌うフローレスに同情。。。というわけで面白いとは決して思わなかった演出でした。音楽とともに無理なく感銘を受ける舞台であって欲しいと思いつつ、ペーザロ最後の夜は更けました。

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  夜食は外でいただいた記憶はありませんので、多分疲れて部屋で手持ちのもので済ませたのでしょう。2日後のザルツブルグでの再会を約束して札幌の友人たちと別れ、翌朝ローマに戻りました。


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2005年夏の旅(6) ペーザロ~ローマ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/23 ペーザロ→ローマ

Hotel Sole al Pantheon 2泊

 ペーザロは毎日のように夕立がありましたので、涼しかったのですが、ローマに戻ってみれば再び夏のかんかん照りに戻りました。旅の目的のひとつペーザロ音楽祭も無事に終わり疲れが出ました。この日は近くのナヴォーナ広場とカラヴァッジョの大作のあるサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会を見学しました。

ムーア人、四大河、ネプチューンと3つの噴水の並ぶ長方形の広場は真夏でも観光客で賑わっていますが、通りを少し入ったサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会はひっそりしていましたが、カラヴァッジョの祭壇画のあるコンタレッリ礼拝堂は数名の人影。ここは1998年に友人と訪れていましたので2度目。小銭を入れると照明がつきます。何度も小銭を足しながら、鑑賞しました(他の方たちは私が入れるのを待っている~ずるい)。野卑なマタイとクレームが付き描き直された中央の「聖マタイと天使」。第一バージョンはベルリンにて第二次大戦末期に消滅。白黒写真でしか観たことはないのですが、マタイはともかく寄り添う天使の可愛らしさは抜群!ここにふさわしいのは第一バージョンのような気がして、勝手に脳内変換。闇の中に浮かび上がるドラマティックな各場面。2次元の世界とは思えない臨場感に立ち尽くす・・・。

↓ カラヴァッジョ/聖マタイの連作 1600~1602頃 上から「聖マタイの召命」「聖マタイと天使」「聖マタイの殉教」(絵葉書)

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 夕方になっても、まだまだ陽は落ちるどころか西日が照り付けます。たまらずホテル近くの小さな食料品店で西瓜を半分に切ってもらって、ビールも購入。あまり食欲もなく手持ちのもので夕食を済ませました。


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2005年夏の旅(7) ローマ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/24  ローマ滞在

 この日もローマの美術を愉しみました。まず、ホテルから徒歩数分のアルテンプス宮(ローマ国立博物館)へ。古代彫刻のコレクションが中心です。

↓ 中でも有名なのは「ルドヴィシの王座」(絵葉書)紀元前460年のギリシアの作。海から引き揚げられるアフロディーテが中央、右が香をたく乙女、左はフルートを吹く乙女。衣装の細かいプリーツの流れとアフロディーテや乙女たちの横顔が高貴な美しさをたたえています。

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 入口と出口が違っていたらしく、すぐ近くのサンタゴスティーノ教会まで路地をぐるぐる・・・。教会は小高いところに立っていました。この教会はルネッサンス様式の建物です。ラファエッロとカラヴァッジョの傑作があるので、立ち寄りました。

↓ ラファエッロ「預言者イザヤ」(1511-12)250×155 は身廊の柱に掲げられています。一目でシスティーナのミケランジェロの影響が強いことがわかります。37歳で夭逝するまでの12年間のローマ時代にはヴァチカンをはじめ多くの壁画装飾、祭壇画を描き宮廷画家として活躍しました。ローマはラファエッロだけに限っても数多くの見どころがあり、古代からバロックまで含めると…まさしく永遠の都を実感します。

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↓ カラヴァッジョ「ロレートの聖母」(1604頃)260×150 は入り口近くの礼拝堂にあります。巡礼の老いた母と息子の前に現れた聖母子。巡礼の息子の足が泥に汚れているのが目の高さにあり、聖と俗、幻と現実の対比から信仰への純朴な想いへの昇華。その素晴らしく見事な効果に脱帽。2001年?「ローマのカラヴァッジョ」という大展覧会が当地で開かれたことがありました。生憎来られなかったのですが、観たかったです。

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 アルテンプス宮の近くからバスに乗り、ティヴェレ川を渡りヴァチカン博物館の近くの広場で降車。少し坂を上って入口へ。入口付近はこのとき改装が済んでいたと思いますが、2009年に行った時とはチケット売り場の位置など違っていた印象があります。

毎回素通りできないのは古代ローマの彫刻セクション(ピオ・クレメンティーノ美術館)です。

↓ 「ラオコーン群像」はいつ観ても惚れ惚れ。

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 この後はお決まりのコースのラファエッロの間を簡単に見学して通り抜け、ボルジアの居室へ。ロープを張った部屋が多く壁画を近くで観ることができなくて、残念でした。

↓ ルクレツィア・ボルジア(チェーザレ・ボルジアの妹)と言われる美女をロープから身を乗り出して撮影。ぴんぼけ。

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ここから絵画館に戻りましたが、ここも閉鎖された部屋が多く、お目当てのクリヴェッリなどルネッサンス絵画は見学不可。

↓ カラヴァッジョ「キリストの埋葬」(1600)300×203  この作品も素晴らしいです。舞台で演じられるリアルな聖劇を観ているような、マッダレーナの嘆く声も聞こえてきそう・・・背後の暗闇も他の作品に比べると底知れぬ感が深いです。

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 遅くなったランチはこの近くでとりましたが、名所の近くの食堂はサービスも味も×、おまけに高かったことを覚えています。ここからサンタンジェロ城まで、ヴァチカンと直結する避難回廊?沿いに10分くらい歩いて行きました。

 サンタンジェロ城はハドリアヌス帝によって2世紀初めに造られたもの。入口を入るといかにも古いむき出しの土&石壁。そのスロープに沿って、上に上がります。ここの博物館にもカルロ・クリヴェッリがあるというので見に行ったのですが・・・ありませんでした。下のブックショップで確かめましたら、今は修復中とのことでした。現在は展示されているようです。

http://www.castelsantangelo.com/quadreria_m.asp

屋上にも上ってみました。オペラ「トスカ」の最後の場面、トスカがここから飛び降りるシーンが目に浮かびます。夏の青空輝く太陽・・・臨場感はあまりありませんが。

↓ サンタンジェロ橋の眺め&ヴァチカン方面。

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 真夏の観光は疲れます。サンタンジェロ城の横からテルミネ駅行のバスに乗って途中下車。見当つけてナヴォーナ広場まで、それでも迷いながらホテルに戻りました。午睡の後目覚めたのは暗くなってからでした。蚊恐怖症なので、手持ちのもので夕食。最後の夜はローマに着いたとき親切にしてくれたあのおじさんのカフェに寄るつもりでしたが、明日は早朝出発なので行けないままに終わりました。


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2005年夏の旅(8) ローマ~ザルツブルグ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/25 ローマ→ウィーン(チューリッヒ?)乗り換え→ザルツブルグ

B.W Elphant Hotel 3泊

 まだ暗い早朝の出発でした。広場のTAXI乗り場までホテルの方に送ってもらって空港へ。ここから記憶が途切れ、ウィーンまたはチューリッヒ乗り換えだった?で、正午ごろザルツブルグ空港に到着しました。ホテルはまだチェックインの時間前でしたので、荷物を預けて友人たちの泊まっているホテルへ。私が自分のホテルやチケットを手配した後に、一緒に行くことになったので、同宿はできませんでした。またチケットもムーティの「魔笛」が手配できず、やむなく30%手数料込のチケット屋から購入。それもなんどかアクセスしてようやくとったのですが・・・。この件で友情にひびが入るとは予測もしなかったことでした(くわしいことは割愛)。

ボローニャから友人たちもすでに到着していました。ランチは私の泊まっているホテルの1階にあるレストランで、ウィーン風カツレツなど。いつも一人なので、お喋りしながらの食事は楽しいです。旧市街を散策の後、3時ごろ友人たちと別れホテルにチェックイン。部屋で休憩ののち、ザルツブルグ音楽祭の会場へ。

モーツアルト『ポントの王ミトリダーテ Mitridate』 レジデンス(司教館中庭) 20:00~

 指揮:Marc Minkowski   演出:Gunter kramer

Mitridate:Richard Croft   Aspasia: Netta Or   Sifare :Miah Persson

Farnace: Bejun Mehta   Ismene:Ingela Bohlin

オーケストラ:Les Musiciens du Louvre-Grenoble

 司教館の中庭にオペラのために設えられた会場は、即席プレハブとはいえトイレなども完備されています。8月末の夏の終わり、夜も更けて8時になりました。ミンコウスキが登場し、指揮台に上がった時に8時の晩鐘が鳴り響きました。じーっと鳴り終わるのを待つ静かな表情のミンコウスキ。ザルツでミンコ&MDLGを聴くのは初めてでした。舞台は上部に鏡を配置し観客に直接見えない裏側を写し出すというモダンなもの。衣装も現代的なものなので、当然現代の中近東の紛争を思い起こさせます。リチャードがフセインに似ていなくて良かった(笑)以前見たことのある映像(オリンピア劇場版)の古代風な舞台とは違って、モーツアルトの初期の作品の瑞々しさを巧みに演劇的に表現。フレッシュ感漂う素晴らしい演奏とともに忘れられない舞台になりました。歌手陣も、これ以上は望めないと思うパフォーマンス。特に若々しい兄弟役の二人メータとパーソンは忘れられません。ミンコフスキもカーテンコールでは楽譜にキスして、今夜が最終公演になった成功の喜びを表していました。チケットの売り上げも評判もムーティを上回っていたという噂でした。

 幕間にトイレを済ませて友人のところに戻りますと、見知らぬ初老の男性が友人と談話中です。その方の佇まいを拝見してピーン!「あの~失礼ですが沖縄のおじさんではありませんか?私Mさんの知人なのです」「Mさんのおかげで、あちこちで声をかけられるんだ~苦笑」 オペラ仲間のMさんは『オペラ放浪記』を著され、そのなかのエピソードで、同じようにオペラ放浪されている沖縄のおじさんを好意とユーモアで語られているのです。一度お会いしたいと思っていましたから、とても嬉しかったです。また、お会いできると思っていましたが、その後はすれ違いのまま・・・北海道のおばさんは淋しい~。

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帰途はお互いに移動その他で疲れていたため、友人たちと別れホテルに戻りました。夜食を部屋で済ませ就寝。


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2005年夏の旅(9) ザルツブルグ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/26   ザルツブルグ滞在

 エレファントホテルは旧市街のど真ん中にあります。街歩きに疲れると部屋で休憩できますし、1階にカジュアルなレストランもあり居心地が良いので、2004年に続いて利用しました。人気があり、夏の音楽祭では定宿にする方も多いので、かなり前から予約しました。朝ごはんも美味しくいただきました。

↓ ホテルのエレベーターホール&宿泊したシングルルーム(シャワーのみ)

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 前年まではオペラの合間をみて、郊外までのバスツアーに参加しましたが、今回は友人たちと大聖堂でのオルガン・コンサートを聴きに行ったり、復活祭の卵のデコレーションを専門に扱っている店でショッピングしたりして過ごしました。

↓ モーツアルト広場 夜はスクリーンでオペラ(録画)を観られます。

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ランチは久しぶりの和食(お寿司など)を長野という店で。日本茶も有料なので、友人がおかんむり・・・わかるけれど、ここは日本ではありませんよ。

モーツアルト『魔笛』祝祭大劇場 19:00~ 

指揮:Riccard Muti   演出:Graham Vick 

Sarastro:Rene pape   Tamino:Michael Schade   Sprecher:Michael Volle

Die Konigin der Nacht夜の女王:Anna Kristina Kaappola    Pamina:Genia Kuhmeier

Drei Damen der Konigin : Edith Haller ,Karine Deshayes, Ekaterina Gubanova

Papageno:Markus Werba   Papagena:Martina Jankova   Monostatos:Burkhard Ulrich

コーラス:Wiener Staatsopernchor  オーケストラ:Wiener Philharmoniker

 この演出はかなり不評と聞いていましたので、覚悟を決めて臨みました。1幕目はTシャツ姿のタミーノの独身男性の住むアパートの部屋に夜の女王の侍女たちがタンスなどから現れるという突拍子のないもの。ひとりの青年の夢の中の出来事として描きたかったのでしょうが・・・安易な感じ。魔笛のファンタジックな幕開けを期待していたのに、超ビンボー臭いアパートの一室に観客の拒否反応でざわざわ。その後の演出も暗い場面が多く、いつもの楽しい大好きな歌芝居を観たという満足感は得られませんでした。歌手陣では地元出身のキューマイヤーをこのときはじめて聴きました。新人とはいえ素晴らしい歌唱。将来はもう約束されたも同然という新鮮かつ完成度の高さで、驚きました。そしてムーティ&ウィーンフィルの魔笛はイタリアっぽい明るさも加味された演奏で、魅力的でした。ザルツでの魔笛は1997年と今夜で2回目でした。

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 夕食がまだだったので、オペラのはねた後レストランを探してきょろきょろしてましたら、休憩のとき見かけたB・メータが友人(パートナー?)らしき男性と近くのレストランに入るのを見かけました。その後ろに磁石のようにくっついて入ったのですが、予約なしなので×。どこも予約がなければと断られ、ようやくビアホールの片隅に相席でどうぞといってくれた中年のご夫婦のご厚意に甘え、ご一緒させていただきました。ザルツブルグの近くにお住まいの素敵なご夫婦。英語も話せる方たちなので、今夜のオペラの話などおしゃべり、楽しい夜でした。胸を大きく開けた赤いロングドレスの美しい夫人にタキシード姿の穏やかな笑顔のご主人でした。


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2005年夏の旅(10) ザルツブルグ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/27   ザルツブルグ滞在

 この日はコンサートを2つ聴きました。まずホテルから橋を渡り会場のモーツアルテムへ。

『モーツアルト-マチネMOZART-MATINEE Ⅳ』Mozarteum Grober Saal 11:00~

モーツァルト 交響曲第33番 変ロ長調 KV 319  、ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 KV 488、メンデルスゾーン『真夏の夜の夢』前奏曲ほか。

指揮:Paul McCreesh   Sopran:Chen Reiss   Alt:Daniela Denschlag   Klavier:Paul Lewis

コーラス:Salzburger Bachchor   オーケストラ:Mozarteum Orchester Salzburg

 盛りだくさんのプログラムのうち記憶に残っているのは好きなピアノ協奏曲NO.23、ピアノはポール・ルイスでした。うっとり~☆

そして、真夏の夜の夢の妖精のソプラノはこの2か月前にミュンヘンで聴いたばかり(ファルスタッフのナンネッタ)。イスラエル生まれの美人で歌唱も上手でしたが、このマチネではあまりぱっとしなくてあれれ?という感じでした。でも、今検索でHPを見つけましたが、かなり活躍しているようです。この2005年ころは清楚で可憐な感じでしたが、2012現在では化粧も厚い妖艶な美女に変わってしまいました。

http://www.chenreiss.com/index.php

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コンサートが終わり、ランチをカジュアルな中華レストランで。ビールに餃子などいただいてホテルに戻り休憩。ザルツブルグ音楽祭最後の夜はベルトランド・デ・ビリー&ウィーン放送管弦楽団のコンサートへ。

「BERTRAND DE BILLY&RSO WIEN」Felsenreitschule 20:00~

プログラムは現代音楽のシュレイカーやメシアン作曲のもので、初めて聴いたものばかりでした。なかでも圧巻だったのはメシアンの大作「トゥーランガリラ交響曲」、オンデ・マルトノという楽器も初めて。メシアンはオペラ『アッシジの聖フランソワ』(5時間)で慣れていたせい(笑)で、なんとか1時間以上の長さでしたが持ちこたえました。

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来年はモーツアルトの生誕250年の記念の音楽祭なので、チケットも今回の友人2人分もすでに予約済みでした。しかし、一人の友人とギクシャクしてしまい、彼女はキャンセルということに・・・。

さて、気を取り直して、明日から独り旅です。


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2005年夏の旅(11) ザルツブルグ~ウーディネ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/28  Salzburg→Villach乗り換え→Udine

 Hotel Principe 1泊

 早朝の出発でした。ザルツブルグの中央駅はまだ人影もまばらでした。前日の下見どおり、大きな荷物でもコンコースからのエレベーターで、Villachヴィルラッハ方面行のホームに出られました。汽車も時間通りにやってきて、ザルツを出発。この路線はオーストリア鉄道のなかでも景勝ルートのひとつなので、楽しみにしていたのですが、あいにく雨が降り、暗い鉛色の空で残念でした。

夏休みですが列車はがら空きで、コンパートメントには私一人。ザルツブルグの町を流れるSalzach川に沿って、谷間の山並みや小さな町村を抜けて走ります。その川も次第に細く、流れも急になって山深くなり、きょとんと列車を見上げる可愛い子鹿の姿も見えました。2時間半くらいたってから、ようやく乗換駅のヴィルラッハ駅に到着。この駅もエレベーターが完備されて、一番恐れていたスーツケースの移動はスムーズでした。いったん地下のコンコースに下りて、有料のトイレへ。ところが小銭がありません。すると次に来た方が、コインを入れてくれて、ゼスチャーで出る時閉めないでねとのこと。賢い優しい~!この後、私もこの手を何度か使わせてもらい、感謝されたことも。。。

乗り換えた列車はウィーンからヴェニスまでの国際特急列車で快適でしたが、イタリアの国境を越えた途端、なぜかそれまでの正確な運行が遅れ気味に・・・ローカル列車が遅れているからとのアナウンスに苦笑するしかありません。30分ほど遅れて1時ごろウーディネ到着。

 この日は結局雨模様が続き、駅からホテルまではすぐ近くだったのですが、着いたときは距離がつかめてませんでしたし、傘をさしては両手に荷物は無理です。駅前に停まっていたTAXIに荷物あるからと頼み込んで行ってもらいました。ホテルはゲートから少し奥に入ったところにありました。当時は家族経営だったようで、かなり年輩の男性がレセプションに座ることも多く、親切にしていただきました。部屋は木のフロアで簡素な造りですが、バスルーム(シャワーのみ)にも窓があり、明日利用予定のバスターミナルが眼下に見えまして、一安心。

 ランチはまだでしたので、早速駅前からバスで、旧市街の中心リベルタ広場まで行きました。広場の周りには

↓ リオネッロの会堂と呼ばれる市庁舎の15世紀の建物。左に見える建物の一階がカフェレストランになっていて、ここでパスタ一皿のランチ。

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↓ 向かい側はサン・ジョバンニの柱廊(16世紀)。なかなか趣のある広場ですが、商店街はほとんど閉店の日曜日のうえ悪天候で、観光客もまばらでした。

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↓ 上の柱廊の左のアーチから丘の上のお城へ。ところが、アーチを抜けたところにお城の博物館の看板が立っていて、今日(日曜日)の午後はクローズとのこと。ミュージアムフリークの私です。ここにあるカルパッチョやティエポロも楽しみでしたが・・・残念でした。

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↓ 坂道の右にリッポマーノ柱廊(15世紀)、左がお城(1976年の地震後全面的に修復)です。

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↓ 婚礼衣装のお二人さんを撮影中でした。

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↓ 坂道から見上げたお城(内部は博物館と美術館になっています)

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↓ お城の建つ広場のアーチ。左がサンタ・マリア・ディ・カステッロ教会(ファサードはルネッサンス様式)

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↓ サンタ・マリア・ディ・カステッロ教会   何気なく入った小さな教会でしたが、簡素なロマネスク様式、アラベスターの小窓、美しく花の飾られた堂内、祈りの場にふさわしい、好ましい雰囲気でした。帰国してから調べたところ、起源は6世紀という古い歴史を持つ小礼拝室で、8世紀に教会として再建、お城と同じ1976年の地震の後修復されました。アーチと後陣のフレスコ画は13世紀のものです。

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↓ お城のあるカステッロ広場からの眺め

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 ↓ 丘を下りドゥオーモへ。14世紀の創建のゴシック様式。内部も見学をしたのですが、ティエポロの祭壇画を見逃したようです。

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↓ 中央扉口

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また雨が降ってきました。日曜日なのでカフェも閉まっているところが多く、休むところも見つからず疲労困憊。

↓ MUSEO DIOCESANO e GALLERIE del TIEPOLOまで行ったものの、午後の開館までまだ1時間以上ありました。この付近に開いているカフェもなく、雨の中ボー然・・・。結局諦めて途中から市内循環のバスでホテルに戻りました。

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ベットに倒れるように横になり休憩。8時ごろようやく起きだして、駅前に開いていたピッツエリア兼トラットリアで食事。食欲もあまりなくて、何を食べたのかも記憶にありません。


タグ:ウーディネ
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2005年夏の旅(12-1) ウーディネ~アクイレイア [オペラと美術の旅2005夏2]

8/29(月)  Udine→Cividale del Friuli→Udine→Aquileia

Patriarch Hotel  1泊

 昨日と打って変わって朝から快晴になりました。パンとコーヒーだけで朝食を済ませチェックアウト。荷物を預けて、半日の予定でチヴィダーレ・デル・フリウリへ。Udineから列車で訪れました。切符は国鉄駅ではなく駅構内のタバスコで購入します。2両編成の列車は各駅停車でのんびり走りながら、20分ほどで終着駅のチヴィダーレに到着。駅前は殺風景ですが、公園を左に見て駅前の通りを歩き地図を見て左折しますと、門が見えそこを抜けると旧市街。古い町並みがじょじょに現れて・・・すると「来た来た!」とひとりで盛り上がるんです(笑)

 この街での一番の関心事はランゴバルドの足跡を訪ねることでした。6世紀に北のPredil峠からイタリアに侵入し、イタリアの一部を2世紀に渡って支配し、消えていったランゴバルド族・・・イタリアを巡るうちにいつの間にか魅かれるようになっていました。ワクワクしながらまずドゥオーモ広場へ。この一画が街の中心で、ドゥオーモ、市庁舎、国立考古学博物館(アンドレア・パッラディーオ設計)が並んでいます。

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 早速ドゥオーモの見学をしましたが、教会内部よりも右側廊から入るキリスト教美術館が重要なのです。美術館と言っても20畳ほどの長方形の展示室です。見学者は私だけでした。

↓ 入って左に「カリッストの洗礼盤」(737頃)と呼ばれる大理石のキボリウム。八角形の基盤に8本の円柱、レリーフの浮彫も見事です。

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↓ 基盤の浮彫パネルは中央に十字架と生命の樹、左右に四福音書記者のシンボルを配したもの。

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↓ ペンモの祭壇(737~744) 当時のランゴバルド王だったラチス公が父ペンモの記念のため、ここチヴィダーレのドゥオーモに寄進したもの。図像的には「荘厳のキリスト」ですが、どこかとぼけたような素朴な味のある浅浮彫です。4人の天使に支えられたアーモンド型に囲まれた玉座のキリストと2人のケルビム。空間に配された星や花も優雅です。いわゆる神の顕現という固いイメージからは遠いように思いました。無宗教の私にとってもとっつきやすいのが、魅かれる理由なのかもしれません。

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↓ 上の裏側には「玉座の聖母子」(部分) 聖母の額に刻まれた十字架が印象的でした。この独創的な聖母の面差しに感嘆。

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↓ フレスコ画の断片は後の時代のものでしょう。去りがたい想いでしたが先を急がなければ・・・。

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↓ 次にドゥオーモの奥に建つ国立考古学博物館へ。

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 フリウリ地方の古墳から出土したランゴバルド時代のものや紀元前ローマ時代からのモザイクなど、ここへ来なければ見られない貴重な展示品の数々を見学。

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↓ ランゴバルドのセイレーンにびっくり!

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↓ ランゴバルドの金のクロス(こういのは数多くありました)。お墓の副葬品だったのでしょう。

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↓ ゴシックの美しい大天使ガブリエル?

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 ↓ そして、ドゥオーモの裏側から古い民家の並ぶ路地~アーチを通り抜けますと、

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 ↓ 視界が急に開けナティゾーネ川の近くに出ます。

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↓ 右の方向に川岸に板を張った通路が見えます

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 それを渡って行くとランゴバルドの小神殿です。8~9世紀に建設されたテンピェットと呼ばれるサンタ・マリア・イン・ヴァッレ祈祷堂に入ります。2つに分かれた手前の方形の部分から奥を見学するようになっています。聖と俗を分けるイコノタシスがあったようですが、良く見ていなかったようで記憶にありません。奥の集会室は交差ヴォールトがおおう四角形のホールになっていて、聖職者用とみられる椅子が並んでいます。突き当りの壁は上下に分かれていて、下のルネッタの縁取りアーチにはぶどうの蔦柄が美しく彫られています。中央のフレスコ部分は判読が難しく、帰国してから調べたところ、キリストを中心に大天使や聖者が描かれているそうです。そのルネッタの上部に6人の女人が3人ずつ左右に立つ彫像があります。事前に観てきた写真では中央の暗い部分には司教の彫像があるはずでしたが、修復中だったのか、このときは空っぽになっていました。後の時代のものなので、移動した可能性もありますね。6人の女人の像はランゴバルドのこの時代のものにしてはすこぶる繊細かつ洗練されています。揃って8頭身美人、衣装の襞も優雅です。先ほどのドゥオーモのキリスト教美術館で見た浮彫彫刻のほうがランゴバルトらしいと思いますが、ここテンピェットの彫刻はランゴバルド美術が到達した最高峰の作品と見ても良いのではないでしょうか。

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 素晴らしい数々のランゴバルドに感動覚めやらず、ナティーゾネ川の流れる落ち着いた街の雰囲気もまた好ましいチヴィダーレを後にまた列車でウーディネに戻り、預けたスーツケースを受け取りにホテルへ。レセプションの高齢の男性の心のこもった「Buon viaggio!」のお別れにちょっぴり感傷的になりながら、隣接のバスターミナルへ。ここで問題が起きました。

 切符を買った窓口で乗り場を訊いたのですが、指差す方向には何本もバスが来ます。表示もなく、空港行のバスがどこから出るのか分かりません。空港行だからスーツケースの人が多いと思ったのですが、そういう先入観も間違いの元でした。気が付いた時はそのバスは着いたらすぐに発車してしまったのです。スーツケースを引っ張りながら追いかけました。「待って~!」ところが気が付いてくれません。するとその時バスの近くを歩いていた男性が追っかけている私を見て、ストップ!と運転手さんに声をかけてくれてセーフ!!間一髪でした。たまたまバスターミナルの出口の信号が赤だったのも幸いでした。青だったらそのまま行ってしまったでしょうね~。暑いうえに走ったので、もう死にそうでした。

 空港までは回り道だったらしく、あちこちの町や村に寄りながらようやく空港ターミナルに到着。ここでまた問題が・・・予定では空港の荷物預かりにスーツケースを置いて、3泊分のキャリーバックだけ持ち、バスでアクイレイアに向かうつもりでした。ところが、このターミナルには荷物預かりがなかったのです。以前にはあったのだそうですが、テロ事件以来撤去してしまったとか・・・。2001年9.11以来、イタリアでは鉄道駅にも荷物預かり所がないところが増え、何度も泣かされてきました。怒っても仕方ないのですが、自由旅行者には辛い状況にあることは確かです。どっと疲れてバスを待つ気力ももはやありませんでした。TAXIでアクイレイアへ向かいました。続きます~。


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2005年夏の旅(12-2) ウーディネ~アクイレイア [オペラと美術の旅2005夏2]

~続きです。

 アクイレイアや翌日訪れるグラードも1995年頃に購入した宮下孝晴先生の『イタリア美術鑑賞紀行Ⅰ』によって知りました。ですからいつかは行ってみたいと思いながら10年経過したことになります。TAXIから古代ローマの遺跡など眺めながらホテルに到着。エレベーターはありませんが、係の女性が2階の部屋まで運んでくれました。シングルの部屋からは大聖堂は見えませんでした。

↓ ホテルはアクイレイア大聖堂の近く

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荷物を置いて、逸る心を抑えつつホテルからの裏道を通って大聖堂へ。

↓ 右の大聖堂と左の建物は洗礼堂。中央の鐘塔は独立して建っています。

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アクイレイア聖堂 Aquileia

古代ローマ帝国時代からの古い都だったアクイレイアに4世紀に創建。11世紀には現在の姿に整備されました。ここで観るべきものは床一面に張られた4世紀初めの初期キリスト教のモザイクです。列柱に沿って造られた強化ガラスの見学路の上から鑑賞します。中世には全く別なモザイクが貼られていたのでそれをはがし、円柱の台座より50cmほど下のオリジナルを観れるようになっています。

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モザイクの主題は初期キリスト教時代とあって後世のような偶像崇拝は避ける工夫がされています。象徴的にデザインされたイエスの文字、幾何学模様、天使の漁の場面などの寓話、動物、花や鳥、人物などで埋め尽くされています。

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↓ 一番のお気に入り~ 葡萄を運ぶ少年

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↓ 内陣の地下のクリプトは12世紀のフレスコ画で飾られています。このクリプトと身廊左の入り口から入るクリプタ・デリ・スカーヴィ(北側の失われた聖堂の床)は有料(共通チケット)です。

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 南側の12世紀のロマネスク聖堂の舗床モザイクよりも古い時代のモザイクといわれています。地面が盛り上がってもしっかり残っているのには感心しました。幾何模様、植物、動物の地味な図柄が多く、暗いこともあって良い写真がありません。

追記:参考書『人類の美術/初期キリスト教美術の誕生』ではこの南北の失われたオリジナルの聖堂は初期キリスト教の遺構としてはバジリカ形式の前の段階で極めて重要なものだそうです。

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 大聖堂前の広場でジェラートを食べて休憩した後、古い邸宅跡の床モザイクなど眺めながら、その昔は港だったという並木道を歩き、MUSEO PALEOCRISTIANO(初期キリスト教博物館)へ。この並木道を抜けると、西日がじりじり照り付け汗だくになって、ようやく住宅街の先にある博物館に着いたものの、オープン時間は過ぎていて入れず涙。いつものことながら、旅も終わりごろになると疲れからか?いまいち情報チェック作業が働かなくなるきらいがあります。

↓ ここから右に行くと、フォロロマーノの遺跡(発掘作業中)があるのですが、暑いので止めて、元の木陰の道を戻りホテルへ戻りました。

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↓ ホテルで鰯や小海老のフリット(ラタトイユつき)の夕食を済ませたあと、

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外に出てライトアプされた大聖堂を眺めて、部屋に戻り就寝。


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2005年夏の旅(13) アクイレイア~トリエステ [オペラと美術の旅2005夏2]

8/30  Aquileia→Grado→Aquileia→Trieste

Excelsior Hotel 2泊

 アクイレイアのホテルの前がグラード行きのバス停ですが、切符は少し先のタバッキで事前に買わなければなりません。チェックアウトして、スーツケースなどを預けたとき、グラードの資料を一緒に預けてしまって、気が付いたのはバスの中・・・あ~あ。またもやチョンボ(涙)

アクイレイアからグラードまでの道はラグーナのなかの1本道で、素晴らしい眺め!左右に広がるアドレア海がきらきら輝いていました。このラグーナには小島も点在していて、素朴な教会の塔が見えました。のんびりできたら遊覧船などで離島を訪ねたりしたかったです。バスは20分ほどでグラードのバスターミナルに到着。地図が必要ですからインフォはどこ?と道行く人に訊いたのですが、首をひねるばかりです。諦めて見当を付けて歩いて行きました。

↓ やがて、小さな入り江にボートが数多く係留しているところにでました。

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この港に面してホテルが建っています。図々しかったのですが、レセプションに座っていた若い女性に、市内地図をいただけますか?とお願いしてみました。快く、教会の場所も印をつけてくださって助かりました。グラードまでのアプローチの素晴らしさと親切な対応に心もほんわりとして、旧市街を歩きました。レストランの並ぶ路地から緑の木々の美しい広場にでます。

↓ ここからS.Eufemia教会の南側面がみえました。教会の周りは趣のある古い家が立ち並び素敵な広場です。

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↓ でも慌ててはいけません。後背部のほうに石碑博物館がありますから、ここを先に見学しました。

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↓ ローマ時代と初期キリスト教の石碑が回廊の壁に貼り付けて展示されています。ユダヤ教でも見られる7つの燭台の浮彫など。

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 石碑博物館から直接教会の後陣まで通路があります。グラードのかっての大聖堂だったS.Eufemia教会は古い歴史を持っています。元は4~5世紀の小さな聖堂でした。6世紀にランゴバルド族に追われたアクイレイア大司教がグラードに逃れ、ここに教会を新たに建設しました。鐘楼は15世紀。

↓ S.Eufemia教会の正面

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↓ 祭室の床モザイクの中央はアルファとオメガ

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 3廊式の内部は床が一面のモザイクです。アクイレイアの華やかさには劣りますが、幾何学模様が多彩なクロスを表し貴重です。現役の教会ですから当然モザイクの上に礼拝の椅子が並べられています。

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↓ また床の一部は元の教会の床面を見られるようになっています。

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↓ 洗礼堂は教会の左側廊から入ります。

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 サンテウフェミア教会の正面向かって左に洗礼堂、↓ S.Maria delle Grazie教会が並んでいます。

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資料を忘れてきていたので、もう少しでこのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会を観ないでしまうところでした。危ない危ない(汗)この小さな教会も4~5世紀に創建され、6世紀に改築されました。

↓ 内部はさきほどのサンテウフェミアよりぐんと古風な雰囲気。いかにも初期キリスト教会らしさがあります。3廊式のバジリカ様式。祭室は彫刻を施した大理石の柵で区切られています。左壁にはマリアの像があり、手向けられたいくつかの花束に篤い信仰を集めている様子が感じられました。その床のモザイクに窓からの光がさしこみ、モザイクの色が鮮やかに浮かび、綺麗でした。

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教会の裏に回ってみましたら、レストランのテーブルがごく近くまで並んでいます。こういう風景はあまり見たことはなかったのでちょっと驚きました。この教会が街の風景にすっかりとけこんでいる様子なのです。何故か心温まる想いがして、ますますグラードが好きになりました。

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まだランチの準備中でした。ここから賑やかな海辺のほうへ歩いていきますと、ヴィットリア広場があり、5~6世紀のバジリカのモザイクや石棺などの遺構が見学できます。グラードはリゾート地なので、S.Eufemia教会のあるエリアとはまったく別の顔が、海辺にでると現れます。海水浴場の浜辺には多くのリゾートホテルやマンション、レストランが並んでいます。それでも8月末なので、そろそろ逗留客も減って、静かになってきた雰囲気でした。夏の終わりのリゾート地ってひそやかな宴の後、なんとなく物悲しくもあり、ひとり旅にぴったりかも。。。こういう季節は結構好きです。浜辺のレストランで海鮮グリルの一皿を賞味。レモンをたっぷりかけて美味しいこと!居心地も良くバスの時間までぼんやり座っていました。

 バスでアクイレイアへ戻り、ホテルに預けてあったトランクを受け取りタクシーで7KほどのCervignano駅まで。駅にはエスカレータもエレベーターもありません。困っていると丁度駅員さんの姿が・・・トリエステ行きのホームはどこですか?と尋ねると向こうだよと、そして困った顔の私を見てどれどれとトランクを運んでくれました。大助かりでした。こういう時、つくづく一人旅で良かったと思います。独りで心細そうに見えるのでしょう。親切にしてくださる方が多いのです。

 夏の終わりの青く輝くアドレア海を眺めながら、がらがらの列車に乗ってトリエステへ。トリエステを初めて意識したのは須賀敦子の「トリエステの坂道」を読んでからですから、日も浅いのですが、このときは「イタリア ユダヤ人の風景」(河島英昭著)を読みながらの旅でもあったので、トリエステでのユダヤ人たちの悲劇が、この町に近づくにつれ胸が締め付けられるような苦しさで迫ってきました。アドレア海があの狂気の日々と変わらない美しさなのも人間のむごさをを際立たせます。著者の無辜の人々を襲った悲劇を思うには強烈な想像力が必要との言葉が本当に頷けました。

さて、ウニタ・ディタリア広場から近い埠頭に建つ大きなホテルがトリエステでの宿です。4☆を奮発しました。港の眺めも素晴らしい、広い部屋でした。

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部屋で少し横になっていますと、ここがこの旅の最後の地でしたから、安堵と、疲れもあったのでしょう。ベットでうとうと・・・ふと目覚めるといつのまにか夕暮れ。窓の外は海に落ちる夕陽の薄いピンク色で染まっています。あわてて外へ出てみますと、埠頭は夕日見物の散策の人が大勢いました。夕陽が沈むまで散策。

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ウニタ・ディタリア広場からレストランの並ぶ小道に迷い込みました。美味しそうな匂いが漂ってきて、レストランへ。このレストランはおじいさんのカメリエーレたちがほのぼのとした雰囲気に一役買っていました。以前は一流のお店にいたのでしょう。気が利いたサービスでしたが、注文を聴いたりするときはテーブルに寄りかかってしまいます。お客さんがにこにこ見守っている感じも良かったです。写真は海の幸の前菜。スパゲティ・ボンゴレも美味でした。


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